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蓮舫議員の「オリンピックの選手と日本人の搬送困難事由の人がこられた場合、どちらを優先するのか」でびっくりしたこと

蓮舫議員の追及

「日本国総理大臣として答弁はたった一つですよ。国民が優先されるでしょう。守るべき命は国民じゃないんですか」
「ちょっと私今、びっくりしました」
と、立憲民主党の蓮舫議員は2021年5月10日の参院予算委員会の質問のなかで話しました。

これにはちょっと私もびっくりしました。

質問としては”こんなに医療体制がひっ迫しているなか、オリパラ開催ができるのか”というものでこれは間違いなく政府に正したいところです。
これについてのやりとりの中で、蓮舫議員が総理に対して質問したのが、「オリパラ大会の指定病院にオリンピックの選手と日本人の搬送困難事由の人がこられた場合、どちらを優先するのか」です。

菅総理は追及型質問に対しては、どのような質問にたいしても数パターン用意された定型文を読み続けるという方針を貫いていて、今回もパターン2でやりすごしていたわけです。

そこに蓮舫議員が差してきたのが先の、
「日本国総理大臣として答弁はたった一つですよ。国民が優先されるでしょう。守るべき命は国民じゃないんですか」
「ちょっと私今、びっくりしました」です。

国民の命が守れるのか? という意図だと思うので、質問自体は悪くありませんし、国民を守るのが政府の最優先事項であるということは間違いなく、もちろんそれを期待しています。

ですが、外国人は守るべき命ではないわけはありません。
しかも、オリンピックという国際大会に招いているホストの国が外国人の命は後回しって通用しないと思います。

人命救助は外交

逆の立場になった時。
医療崩壊した国に居住している日本人が瀕死状態になったとしたら、日本政府には「なんとかして日本人を治療してくれないか」と申し入れて欲しいです。
申し入れにもかかわらず「外国人には手が回らないですから無理ですね」と放置されたら、今後その国とはうまくつきあえないと思います。

過去の例があります。
1985年、トルコの人々が日本人に手を差し伸べてくれた出来事がありました。
1980年に勃発したイラン・イラク戦争が激しさを増し一般市民への無差別攻撃が始まった時、イランから脱出できずにいた日本人がいました。
日本政府からの救援機もなく、民間航空機が攻撃を受ける可能性が高まったためイランの空港から飛ぶ国際便はそれぞれ自国民を優先したので、席を確保できなかったのです。

その時、救援機を出してくれた国がトルコです。

トルコ政府が撃ち落されるかもしれない危険を承知で日本人に救援機を出し、また同じく脱出できずにイランの空港に待機していたトルコ人たちもそれを許したのです。
トルコ人はオスマン帝国以来の、来るものに対して寛容という国民性があるといわれていますが、ほかにトルコの人々が日本にたいして抱く思いがあったともいわれています。

それは、さらに時代がさかのぼる1890年、エルトゥールル号遭難事件です。
日本は明治時代、トルコがオスマン帝国の時代です。
オスマン帝国からアジアへ派遣されたエルトゥールル号は日本へも友好親善目的で寄港し明治天皇と会見しました。
その帰路、和歌山県沖で台風に遭遇し船は大破しました。
乗組員は多くが死亡したものの、地元串本町民が総出で献身的な救助活動を行い生存者を保護したということがありました。

エルトゥールル号

串本町のサイトで詳しく読めます

このように、人命がかかわった時の対応というのはまさに外交といえます。

国を代表して来日している選手や関係者を外国人だから治療を後回しにすることは外交を断絶するのと同じです。

かといって、これだけ医療ひっ迫が示されているわけですから治療は難しいでしょう。
つまり開催2カ月前にこの状況で、医療方針がいまのままではオリパラ開催は無謀だということです。

菅総理の答弁

ちなみに、菅答弁パターン2は次のものです。
「選手などが一般国民と交わらないようにする。行動範囲を原則として宿泊施設および競技会場などに限定し、そのうえで一般の日本人との接触を厳に回避するため、それぞれの場所での同線分離を徹底し、移動方法を原則専用車両に限定するなどの厳格な行動管理を実施し、ルールに反した場合は大会参加資格をはく奪をする。」

まるでバイキン扱いです。
蓮舫議員の追及、菅総理の答弁、もしオリンピック選手がこれを聞いていたら日本に好感を持って来日できるでしょうか。

オリンピック・パラリンピックは誰のためのものなのか。
しがらみにがんじがらめな政府をはじめ利害をもつ関係者、広告代理店のものであり、世界平和や選手、ましてや選手の活躍・交流を楽しみに思う日本国民のためではないといことがはっきりしたのだと思います。

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