トランプ政権の「国連決議2334号」
2019年11月18日、アメリカのポンペオ国務長官は「パレスチナ地域のヨルダン川西岸にユダヤ人が入植することは国際法に違反しない」として、ユダヤ人がヨルダン川西岸に移住することを容認しました。
ポンペオ長官は国際法に違反しないと言っていますが、国際社会は国際法違反と言っています。
どの国際法について話されているのでしょうか。
国際法は大まかにいって国同士や国際機関で決められた法です。
国連決議も国際法に含まれます。
パレスチナ問題は、様々な国際法で触れられていますが、ポイントとなる3本についてまとめます。
1.まずおおもとになっている国際法の「ジュネーブ第4条約の49条」。
2.イスラエル占領地問題についての国連決議446号
3.イスラエルの入植活動を非難した国連決議2334号
目次
ジュネーブ第4条約の49条
戦時における文民の保護に関するジュネーブ条約(第4条約) 第3部・占領地 第49条[追放]
ジュネーブ条約は戦争時の捕虜や負傷者を人道的に扱うことを決めた条約です。
第4条約は戦時における民間人の保護。
49条は追放を禁止したものです。
イスラエルはヨルダン川西岸を占領しています。
そしてイスラエルはこの地域にユダヤ人を多く住まわせて人口を増やすことを目的として、パレスチナ人をどかせてユダヤ人の街を建設し、ユダヤ人を移送させています(入植)。
このことが、ジュネーブ第4条約の49条に違反している、というのが国際社会の判断です。
ジュネーブ第4条約の49条は次のとおりです。
この冒頭(①項)に書かれていることにイスラエルは違反しているというわけです。
■ジュネーブ第4条約の49条
被保護者を占領地域から占領国の領域に又は占領されていると占領されていないとを問わず他の国の領域に、個人的若しくは集団的に強制移送し、又は追放することは、その理由のいかんを問わず、禁止する。 ② もっとも、占領国は、住民の安全又は軍事上の理由のため必要とされるときは、一定の区域の全部又は一部の立ちのきを実施することができる。この立ちのきは、物的理由のためやむを得ない場合を除く外、被保護者を占領地城の境界外に移送するものであってはならない。こうして立ちのかされた者は、当該地区における敵対行為が終了した後すみやかに、各自の家庭に送還されるものとする。 ③ 前記の移送又は立ちのきを実施する占領国は、できる限り、被保護者を受け入れる適当な施股を設けること、その移転が衛生、保健、安全及び給食について満足すべき条件で行われること並びに同一家族の構成員が離散しないことを確保しなければならない。 ④ 移送及び立ちのきを実施するときは、直ちに、利益保護国に対し、その移送及び立ちのきについて通知しなければならない。 ⑤ 占領国は、住民の安全又は緊急の軍事上の理由のため必要とされる場合を除く外、戦争の危険に特にさらされている地区に被保護者を抑留してはならない。 ⑥ 占領国は、その占領している地域へ自国の文民の一部を追放し、又は移送してはならない。 |
ジュネーブ条約とは
「戦争犠牲者保護条約」が正式名称。
1864年に赤十字国際委員会(ICRC)が提唱してジュネーブで締結された条約で、赤十字条約ともよばれます。
その後改正されて現在4条約から成っています。
第1条約 戦地にある軍隊の傷者および病者の状態の改善に関するもの
第2条約 海上にある軍隊の傷者、病者および難船者の状態の改善に関するもの
第3条約 捕虜の待遇に関するもの
第4条約 戦時における文民の保護に関するもの
これら4条約は1949年のジュネーブ条約ともよばれます。
ズバリではない
ジュネーブ条約は人道問題全般についてのものなので、ふわっとした書かれ方です。
人道的に違反しているとはいうものの、イスラエルがヨルダン川西岸に入植活動をしていることについて指摘しているかというと、あてはまるような、あてはまらないような、という印象です。
イスラエル占領地について名指しで非難しているのが「国連決議446号」です。
国連決議446号
1979年に決議されたものです。
ここで1967年以降占領している領土への入植禁止を求めています。
1967年以降占領している領土は↓
前文でまず、ジュネーブ条約について触れています。
全文はつぎのとおりです。
安全保障理事会は、
ヨルダン常任代表声明及び安全保障理事会においてなされた声明に傾聴し、 1.パレスチナ及びその他1967年以降占領している領土への居住地設置に関するイスラエルの政策及び行動は法的な妥当性はなく、中東における包括的、公正かつ永続的平和の達成に対する深刻な妨害となると見なす。 2.1976年11月11日付安全保障理事会議長声明、1967年7月4日及び14日付総会決議第2253号(ES-V)及び1977年10月28日付32/5・1978年12月18日付33/113によりなされた声明により、イスラエルが1967年6月14日付安全保障理事会決議第237号・1968年5月21日付第252号・1971年9月25日付第298号を遵守しないことを強く非難する。 3.占領者であるイスラエルに対し、戦時における文民の保護に関する1949年8月12日のジュネーヴ条約を真摯に遵守し、過去の措置を撤回し、エルサレムを含む1967年以降イスラエルが占領しているアラブ領土の法的地位及び地理的性格を変更し、人口学的構成に実質的に影響を与えることになる行為を停止し、住民を占領したアラブ地域に移住させないよう再度要請する。 4.エルサレムを含む1967年以降イスラエルが占領しているアラブ領土における移住に関連する状況を確認するために、安全保障理事会理事国と協議の上、議長により指名される3理事国からなる委員会を設置する。 5.委員会に対し、1979年7月1日までに安全保障理事会に報告を提出することを要請する。 7.占領地の情勢について継続的かつ緊密な調査を行い、委員会の指摘に従い情勢を再評価するために1979年7月に再召集することを決定する。 |
前文の「適用される」
ここでは適用されると訳されていますが、原文では「applicable」とあり適用できるという意味にもとれます。
このように、イスラエルに占領されているヨルダン川西岸にジュネーブ第4条約が適用可能かどうかは議論があるということです。
イスラエルは当然、適用されないと主張しています。
つまり、イスラエルにとってはヨルダン川西岸に入植するのは国際法違反ではないということになります。
アメリカの立場
アメリカはこの446号の決議には棄権しています。
中立の立場をとったということです。
これはこの決議が行われた時期と関係があります。
446号が決議されたのは1979年です。
この少し前の中東は、1973年に勃発した第4次中東戦争が終結するも和平には至っていないという時期でした。
そして、1976年には新しくカーター大統領が就任しました。
カーター大統領はエジプトとイスラエルの仲をとりもち、平和条約を成立させました。
1978年のキャンプデービッド合意です。
その後、1979年に正式に平和条約を締結しました。
国連決議446号はこの交渉を進めているさなかに成立したもので、棄権することでアメリカの中立的立場を強調したのです。
その後は、アメリカは国連安保理でイスラエルを非難する決議案には拒否権を行使するなどして成立させないという方針を続けていました。
ところが、この方針が転換された決議がありました。
2016年の国連決議2334号です。
オバマ大統領、任期終了まぎわの頃です。
国連決議2334号
オバマ大統領の方針転換
この決議は、東エルサレムを含むパレスチナ占領地におけるイスラエルの入植活動を国際法違反として、活動の即時停止を求めるものです。
この決議にオバマ大統領は棄権し、初めて国連安保理で入植活動を非難する決議の成立を容認したのです。
これまでの方針を転換したといえます。
オバマ大統領は歴代アメリカの方針は変えないでいたのですが、もともとはイスラエルの入植活動には批判的だったのです。
トランプ次期大統領とイスラエル・ネタニヤフ首相
2334号が案として提出されると、ネタニヤフ首相はトランプ次期大統領につぶすように依頼しました。
ところがこの工作は成功せず、採択されたのです。
もう、この時点でトランプ政権における2334号の扱いは決まっていたようなものです。
2334号の内容
2334号にはイスラエルが違反している国際法がちりばめられています。違反している国際法の幕の内弁当という感じ。
決議446号
ジュネーブ第4条約
国際司法裁判所の勧告的意見
国際司法裁判所が2004年9月に出したものです。
国際司法裁判所はパレスチナ領土のイスラエルの障壁は違法であると認定 ・イスラエルの占領されたパレスチナ領土への障壁の建設は違法。 ・建設は直ちに停止しなければならない。 ・イスラエルは生じた損害に対して賠償を行うべきである。 |
下記は英語の要約文です。
壁の合法性について書かれた部分が以下です。
青線がジュネーブ第4条約の49で定められている「強制移送し、又は追放することは禁止」にあたる部分です。
ピンクの線が結論を述べた部分です。
■イスラエルによる壁の合法性
■Legality of Construction by Israel of Wall ~~~ The Court then considers the information furnished to it regarding the impact of the construction of the wall on the daily life of the inhabitants of the occupied Palestinian territory (destruction or requisition of private property, restrictions on freedom of movement, confiscation of agricultural land, cutting-off of access to primary water sources, etc.). It finds that the construction of the wall and its associated regime are contrary to the relevant provisions of the Hague Regulations of 1907 and of the Fourth Geneva Convention; that they impede the liberty of movement of the inhabitants of the territory as guaranteed by the International Covenant on Civil and Political Rights; and that they also impede the exercise by the persons concerned of the right to work, to health, to education and to an adequate standard of living as proclaimed in the International Covenant on Economic, Social and Cultural Rights and in the Convention on the Rights of the Child. Lastly, the Court finds that this construction and its associated regime, coupled with the establishment of settlements, are tending to alter the demographic composition of the occupied Palestinian territory and thereby contravene the Fourth Geneva Convention and the relevant Security Council resolutions. The Court observes that certain humanitarian law and human rights instruments include qualifying clauses or provisions for derogation which may be invoked by States parties, inter alia where military exigencies or the needs of national security or public order so require. It states that it is not convinced that the specific course Israel has chosen for the wall was necessary to attain its security objectives and, holding that none of such clauses are applicable, finds that the construction of the wall constitutes “breaches by Israel of various of its obligations under the applicable international humanitarian law and human rights instruments”. In conclusion, the Court considers that Israel cannot rely on a right of self-defence or on a state of necessity in order to preclude the wrongfulness of the construction of the wall. The Court accordingly finds that the construction of the wall and its associated regime are contrary to international law.((壁の建設とその体制が国際法に違反していると認定します。)) |
国連決議1515号
2003年11月に決議されたもの。
イスラエル・パレスチナ間の和平プロセスについて。
パレスチナ問題の包括的解決に向けてのロードマップ
2003年4月にアメリカ、EU、ロシア、国連の4者(カルテット)が、パレスチナ人が独立国家を樹立し、イスラエルと共存するという最終目標に向けてそれに至る措置を3段階にまとめた行程表。
1 パレスチナ側による暴力の停止やイスラエルによる入植活動の停止
2 パレスチナの暫定独立など
3 パレスチナの完全独立とアラブ・イスラエル紛争の包括的な解決
現在では効力を失っている。
2334号の全文
全文は下記のとおり。
英文で長いですが、マーカーのところが該当箇所です。
■国連決議2334号[2016年12月]
イスラエルの入植活動非難の安保理決議。■Resolution 2334 (2016) Adopted by the Security Council at its 7853rd meeting, on 23 December 2016 The Security Council,Reaffirming its relevant resolutions, including resolutions 242 (1967), 338(1973),446 (1979), 452 (1979), 465 (1980), 476 (1980), 478 (1980), 1397 (2002),1515 (2003), and 1850 (2008),Guided by the purposes and principles of the Charter of the United Nations,and reaffirming, inter alia, the inadmissibility of the acquisition of territory by force,Reaffirming the obligation of Israel, the occupying Power, to abide scrupulously by its legal obligations and responsibilities under the Fourth Geneva Convention【ジュネーブ第4条約】 relative to the Protection of Civilian Persons in Time of War, of 12 August 1949, and recalling the advisory opinion rendered on 9 July 2004 by the International Court of Justice【国際司法裁判所の勧告的意見】,Condemning all measures aimed at altering the demographic composition,character and status of the Palestinian Territory occupied since 1967, including East Jerusalem, including, inter alia, the construction and expansion of settlements,transfer of Israeli settlers, confiscation of land, demolition of homes and displacement of Palestinian civilians, in violation of international humanitarian law and relevant resolutions,Expressing grave concern that continuing Israeli settlement activities are dangerously imperilling the viability of the two-State solution based on the 1967 lines,Recalling the obligation under the Quartet Roadmap, endorsed by its resolution 1515 (2003), for a freeze by Israel of all settlement activity, including “natural growth”, and the dismantlement of all settlement outposts erected since March 2001,Recalling also the obligation under the Quartet roadmap for the Palestinian【パレスチナ問題の包括的解決に向けてのロードマップ】Authority Security Forces to maintain effective operations aimed at confronting all those engaged in terror and dismantling terrorist capabilities, including the confiscation of illegal weapons,Condemning all acts of violence against civilians, including acts of terror, as well as all acts of provocation, incitement and destruction,Reiterating its vision of a region where two democratic States, Israel and Palestine, live side by side in peace within secure and recognized borders,Stressing that the status quo is not sustainable and that significant steps,consistent with the transition contemplated by prior agreements, are urgently needed in order to (i) stabilize the situation and to reverse negative trends on the ground,which are steadily eroding the two-State solution and entrenching a one-State reality, and (ii) to create the conditions for successful final status negotiations and for advancing the two-State solution through those negotiations and on the ground,1. Reaffirms that the establishment by Israel of settlements in the Palestinian territory occupied since 1967, including East Jerusalem, has no legal validity and constitutes a flagrant violation under international law and a major obstacle to the achievement of the two-State solution and a just, lasting andcomprehensive peace;2. Reiterates its demand that Israel immediately and completely cease all settlement activities in the occupied Palestinian territory, including East Jerusalem,and that it fully respect all of its legal obligations in this regard;3. Underlines that it will not recognize any changes to the 4 June 1967 lines, including with regard to Jerusalem, other than those agreed by the parties through negotiations;4. Stresses that the cessation of all Israeli settlement activities is essential for salvaging the two-State solution, and calls for affirmative steps to be taken immediately to reverse the negative trends on the ground that are imperilling the two-State solution;5. Calls upon all States, bearing in mind paragraph 1 of this resolution, to distinguish, in their relevant dealings, between the territory of the State of Israel and the territories occupied since 1967;6. Calls for immediate steps to prevent all acts of violence against civilians,including acts of terror, as well as all acts of provocation and destruction, calls for accountability in this regard, and calls for compliance with obligations under international law for the strengthening of ongoing efforts to combat terrorism,including through existing security coordination, and to clearly condemn all acts of terrorism;7. Calls upon both parties to act on the basis of international law, including international humanitarian law, and their previous agreements and obligations, to observe calm and restraint, and to refrain from provocative actions, incitement and inflammatory rhetoric, with the aim, inter alia, of de-escalating the situation on the ground, rebuilding trust and confidence, demonstrating through policies and actions a genuine commitment to the two-State solution, and creating the conditions necessary for promoting peace;8. Calls upon all parties to continue, in the interest of the promotion of peace and security, to exert collective efforts to launch credible negotiations on all final status issues in the Middle East peace process and within the time frame specified by the Quartet in its statement of 21 September 2010;9. Urges in this regard the intensification and acceleration of international and regional diplomatic efforts and support aimed at achieving, without delay a comprehensive, just and lasting peace in the Middle East on the basis of the relevant United Nations resolutions, the Madrid terms of reference, including the principle of land for peace, the Arab Peace Initiative and the Quartet Roadmap and an end to the Israeli occupation that began in 1967; and underscores in this regard the importance of the ongoing efforts to advance the Arab Peace Initiative, the initiative of France for the convening of an international peace conference, the recent efforts of the Quartet, as well as the efforts of Egypt and the Russian Federation;10. Confirms its determination to support the parties throughout the negotiations and in the implementation of an agreement;11. Reaffirms its determination to examine practical ways and means to secure the full implementation of its relevant resolutions;12. Requests the Secretary-General to report to the Council every three months on the implementation of the provisions of the present resolution; 13. Decides to remain seized of the matter. |
ポンペオ長官の言い分
イスラエルはおおもとのジュネーブ第4条約の時点で国際法違反ではないとしています。
またイスラエルでは最高裁でも入植活動は合法であるとされています。
そして、アメリカはそれに従う方針だということです。
ポンペオ長官は
「ヨルダン川西岸の地位はイスラエルとパレスチナが交渉すべきもの」
「アメリカは法的論争をすべての面から慎重に検討した結果、イスラエル民間人によるヨルダン川西岸の入植地建設はただちに、国際法に則っていないというわけではないとの結論に達した」として、2334を容認したオバマ大統領の方針を転換したのでした。
アメリカのトランプ大統領はこれまでにもイスラエルの味方となった発言や行動を行っています。
2019年5月
「ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地をイスラエル統治下に置く」との案を作成中との報道。
2019年3月
ゴラン高原に対するイスラエルの主権を認める。
2018年5月
アメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移転。
アメリカとイスラエルの関係ついては
【監修:防衛大学校名誉教授 立山良司】