菅元首相、国葬の弔辞で”お友達内閣”を思い出した
2022年9月27日、安倍晋三元首相の国葬で、菅義偉前首相が弔辞を読んだ。
あの声、調子に「安心・安全なオリンピック」をひたすら繰り返していた昨年のことを思い出しかなり陰鬱な気分になりました。
特にうんざりしたのは以下の件です。
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いつも、まわりの人たちに心を配り、優しさを降り注いだ。
総理大臣官邸で共に過ごし、あらゆる苦楽を共にした七年八か月。
私は本当に幸せでした。
私だけではなく、すべてのスタッフたちが、あの厳しい日々の中で、明るく、生き生きと働いていたことを思い起こします。
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そうでした。そうでした。
安倍政権は第1次の時から常に自分を肯定してくれる人、おだてほめそやす人間をおき”お友達内閣”と揶揄されていました。
その時、菅氏は総務大臣・内閣府特命担当大臣として初入閣したのでした。
第2次、第3次、第4次全期間をとおして内閣官房長官としてグリップを握り、”お友達”同士でそれ以外には配慮せずものごとを進める政治を続けてきたのです。
批判する者は容赦なく排除し、モリカケ問題、桜を見る会問題などは蹴散らし、功績でしょうか、安倍政権の次を担うことになったのです。
着任直後行ったのが学術会議任命拒否問題、新型コロナ対応ではステイホームがさけばれている時に「Go Toトラベル事業」を強行しました。
裏方でやっているうちはまだ見えていなかった菅氏のダークな部分が明るみに出、科学分析を軽んじ何かの事情を優先する強引さが混乱を招きました。
弔辞ですので、安倍氏礼賛なのはよいとしても「北朝鮮にコメを送ることに反対した」「焼き鳥屋で総理になるようくどいた。このことを、菅義偉生涯最大の達成として、いつまでも、誇らしく思うであろうと思います。」などちょいちょい入れてくる自分自慢も菅政権時代の不快感をよみがえらせるものでした。
また「20代、30代の明日を担う若者たちが武道館に集まってきている。」ともありましたが、平日の昼間に何時間も仕事以外に時間を使っている20代、30代ってどうなんでしょう、だいじょうぶなのでしょうか。
この弔辞はなぜか評判がよいようです。
ネットニュースでも支持の声が多くあがっていますし、昨日たまたま外出時隣に座っていた30代くらいの女性が感動したと話していて、思わず耳をこらしてしまいました。
さっぱりわかりません。